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福地源一郎(桜痴)墓

更新:2010年11月5日

谷中霊園
平成6年度登載

 福地源一郎(1841−1906)は、長崎で生まれ、はじめ星泓せいおう、のち桜痴と号し、源一郎は通称です。明治時代前半、東京日々新聞(毎日新聞の前身)の主筆として筆をふるい、初めて社説を採用するなど、明治のジャーナリズムに大きく貢献し、新聞界を去った後は、文学者として活躍した人物です。
 源一郎は、二長町にちょうまち(現・台東一・二丁目)、浅草馬道あさくさうまみち(現・浅草五・六丁目)、下谷茅町したやかやちょう(現・池之端一丁目)など区内に居を定め、特に茅町にいた時期は、新聞に主権在君論を載せて、立憲帝政党りっけんていせいとうを組織するなどの政治面、また、浅草公園の整備に携わるなどの経済面で、手腕を発揮した全盛期に重なります。
 文学面での源一郎は、市川団十郎いちかわだんじゅうろう河竹黙阿弥かわたけもくあみらと歌舞伎座を創設し、演劇改良運動などに携わる一方で、幕府衰亡論ばくふすいぼうろん幕末政治家ばくまつせいじかなどの歴史書の執筆にも精力的で、これらは現在も高く評価されています。
 墓碑の高さは、約234センチメートル、夫人が共に葬られており、表面に福地源一郎之墓、側面に2人の戒名と、没年が刻まれています。

福地源一郎(桜痴)墓
福地源一郎(桜痴)墓

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