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柴田是真墓

更新:2010年11月5日

称福寺
平成7年度登載

柴田是真は、幕末から明治時代に活躍した絵師・蒔絵まきえ師です。文化4年(1807)2月7日に江戸橘町二丁目(現在の中央区東日本橋付近)で生まれ、同14年蒔絵師古満寛哉こまかんさいに入門して蒔絵の技術を、文政5年(1826)には円山四条派まるやましじょうはの絵師鈴木南嶺なんれいに就いて絵画を学び、同14年には京都でも研鑽に努めています。
 江戸に帰ると、是真は浅草平右衛門町石切河岸あさくさへいうえもんちょういしきりがし(現在の台東区浅草橋一丁目付近)に居を構えました。石切河岸は、神田川をはさんで柳原に対する地であるため、居宅を対柳居たいりゅうきょと命名。以後、亡くなるまでの50余年間、この対柳居で数々の名品・秀作を制作しました。絵画では浅草寺所蔵・茨木図絵馬、蒔絵では東京国立博物館所蔵・烏鷺図菓子器うろずかしきなどが現存しています。また、和紙に色漆で描く漆絵も多数遺しています。当時、蒔絵職人は、専門の絵師が描いた下図をもとに蒔絵を制作していたのですが、是真は自ら下図を描くことにより、画期的な蒔絵・漆絵を生み出すことに成功しました。

 さらに、個人的な創作活動だけでなく、明治12年に竜池会りゅうちかい(日本美術協会の前身)、同18年には東洋絵画会の設立に尽力、同24年には漆工技術の普及・発展を目的とした日本漆工会を創設するなど、美術界の公的活動をも積極的に行い、後進の育成にも力を注ぎました。

 明治24年7月13日没、享年85才。柴田家の菩提寺称福寺しょうふくじに葬られました。墓石は総高130.5センチメートル、正面には是真の法名・弘道院釈是真居士が刻まれています。

 是真は、当時を代表する蒔絵師・絵師であるだけでなく、創作活動の拠点を台東区内に置いており、その墓所は区の歴史・文化を知る上で貴重な史跡です。

 なお、是真の号は、聖徳太子が遺したという世間虚仮 唯仏是真の偈に拠るものです。

柴田是真墓
柴田是真墓

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