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銅造阿弥陀如来坐像(浅草寺)

更新:2013年7月31日

浅草寺
平成24年3月登載

 本阿弥陀如来坐像は銅製、鋳造で、総高が194.5センチメートル。像高は186センチメートルあります。
 本像は銘文によると、元禄6年(1693)4月に理性院宗海が三界萬霊、六親眷属、七世父、親類兄弟、有縁無縁の逆修と追善のために千日供養仏の造立を発願し、神田鍛冶町の鋳物師いもじ今井藤次郎いまいとうじろう藤原吉次ふじわらのよしつぐが制作して、浅草寺の境内に安置したものです。のち、同15年6月に両脇侍像(観音、勢至)が完成し、阿弥陀三尊像として造立されました。この両脇侍像を制作した鋳物師は、『浅草寺志』に記された銘文により、小伝馬町3丁目の鋳物師、宇田川善兵衛重賢でした。両脇侍像は勢至菩薩像の台座を除いて、現存しません。
 本像の制作者である今井藤治郎藤原吉次は、蓮華座に刻まれた銘文から神田鍛冶町2丁目(現千代田区鍛冶町2丁目)の鋳物師でした。しかし、作例については本像以外に知られていません。
 願主の理性院宗海は、浅草三間町(現駒形1丁目、雷門1丁目から2丁目、寿4丁目付近)の僧侶で、本像の造立に際して近隣地で勧募活動を行い、結縁者を募りました。結縁した人々は職人や商人等の町人が多く、さまざまな職種が見られます。また念仏行者や、念仏講中も結縁していることを考えると、宗海の勧進活動には念仏講が協力し、地縁的な繋がりの中で結縁したと考えられます。
 本像は、江戸鋳物師の作風を伝えるものとして貴重な遺品であり、江戸時代の鋳物師を考える上で基準となる作例のひとつです。さらに台座に刻まれた銘文は、江戸時代前期の信仰、宗教活動を知る上で貴重な資料です。

銅造阿弥陀如来坐像
銅造阿弥陀如来坐像

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生涯学習課文化財担当(生涯学習センター)
電話:03-5246-5828

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