令和三年

新春対談

 今回の対談は、東京藝術大学長 澤和樹氏と旧東京音楽学校奏楽堂で行いました。

澤 和樹 氏

 東京藝術大学大学院修士課程修了。平成25年から副学長、音楽学部長を経て、平成28年から学長就任。ヴァイオリニストとして国内外で多数の音楽コンクールや音楽祭に参加し、ロン=ティボー国際コンクール第4位やミュンヘン国際コンクール第3位、和歌山県文化賞受賞などの功績がある。また平成27年には英国王立音楽院名誉教授に就任。

1年を振り返って

区長 あけましておめでとうございます。
学長 あけましておめでとうございます
司会 まずは、お2人に昨年1年を振り返っていただきたいと思います。昨年はどのような1年でしたでしょうか。
区長 新型コロナウイルス感染症の拡大により、区民生活と区内経済は極めて深刻な影響を受けています。
 台東区では、区民の生命と健康を守り、区民の生活や事業者をしっかり支えるために、全力で取り組んでいます。
 区民の皆様には、人と人との接触を極力減らすために外出を控えてもらうなど、感染拡大防止の取り組みにご協力をいただき、心より感謝申し上げます。
 外出の自粛により、自宅で過ごす時間が多くなる中、区民の皆様に、少しでも潤いのある時間を過ごしていただきたいと、澤学長にお願いして、「東京藝術大学特別コンサート」を、YouTube台東区公式チャンネルで配信させていただきました。
 4月末から5月上旬にかけて、3回に分けての配信で、2万5千を超える再生があり、外出の自粛で不安を抱える区民の皆様の心の癒しとなったと思います。
学長 私にとりましてもコロナに始まり、コロナに暮れた1年だったと思います。2月末に、感染拡大を受けた政府の要請により、多くの大規模イベントや、展覧会、美術館が閉鎖され、また、演奏会やオペラ等も中止になりました。それから東京藝術大学としても、4月7日の緊急事態宣言がありましたので、5月10日までは授業を中止しました。5月11日から開始しましたが、当面はオンラインのみで授業を行いました。しかし、芸術系の実技はオンラインでできることに限りがあり、6月頃から感染対策をしっかりとった上で、徐々に、対面によるレッスンや制作の指導を再開しました。10月の後期からは、対面によるレッスン等の授業をかなり増やしました
が、座学の授業はオンラインで継続しております。
 服部区長のご提案をいただきまして、緊急事態宣言を受けてステイホームとなった方々へ向けて、旧東京音楽学校奏楽堂を使わせていただき、ここで生まれ育まれた日本の懐かしい唱歌や童謡をバイオリンとピアノで演奏し、皆さんにお聴きいただきました。慣れ親しんだ唱歌が自分の最も関係している東京音楽学校の教授陣や学生の皆さんが創られたということに改めて気づき、東京藝術大学の前身である東京音楽学校の創立のミッションがそういうところにあったのだなとつくづく感じました。そして、その頃に作られたすばらしい唱歌が、今の現代人が忘れかけている人への思いやりや優しさ、そういうものに満ちていると感じまして、これをもっと今の世の中に広めることが大事だなと思っています。
区長 演奏していただいた曲は、現在も区役所庁舎内で放送され、職員や、区役所を訪れる人が、メロディに合わせて口ずさみ、楽しんでいます。澤学長、本当にありがとうございました。

「新しい日常」への対応について

司会 次は新型コロナウイルス感染症への対応についてお伺いしたいと思います。新しい日常に対応するため、台東区ではどのような取り組みを行っているのでしょうか。
区長 新型コロナウイルスの感染症予防の取り組みをしている飲食店等を応援しようと、区がステッカーを配布する「新しい日常取組店舗応援事業」を行っています。
 また、古くから継承されてきた多彩な芸能・芸術文化を多くの皆様に楽しんでいただこうと、「江戸まち たいとう 芸楽祭」を、映像配信によるオンラインで開催し、さまざまな分野で新しい日常に対応するための取り組みを行っています。
司会 オンラインというものを身近に感じる1年でもありましたね。それでは、澤学長、東京藝術大学では、新しい日常に対応するため、どのような取り組みを行っているのでしょうか。
学長 毎年9月に、3日間で3万人を超える方たちに来ていただいている藝祭(大学祭)は、3密を避けるということで、4月半ばに中止を決定しました。やはり、学生たちは本当にそれを残念がっておりまして、大学でも協力しまして、「バーチャル藝祭」と称して、ウェブ上で展覧会やコンサートを開催しました。
 それが、3日間で3万人以上のアクセスがあり、そのことを、メディアに大きく取り上げていただいたことで、そのあとさらに、アクセス数が5万回に増えました。直接足を運んでいただけないような方々にも、藝祭のことを知っていただく機会を提供できたのではないかと思っています。
 それから、多くの展覧会やコンサートが中止になっており、学生や卒業生、若い芸術家は活躍の場が失われてしまいました。そこで、若手芸術家支援基金を立ち上げ、クラウドファンディングで呼びかけ、6~7月にかけて、延べ900人以上の方々から3千700万円以上の資金を集めることができました。このクラウドファンディングを通して、若い芸術家たちの苦しい現状を多くの方に知っていただくこともできたと思います。
司会 オンラインによるイベントの開催など、日常生活、新しい日常に向けた取り組みを行っておられますが、服部区長、区役所内での取り組みについてもお伺いしたいと思います。台東区ではどのような取り組みを行っていますか。
区長 新たな日常に対応するため、区役所業務の変革にも取り組んでいます。人と人との接触を減らすため、公共施設の使用料や窓口での手数料などの支払いに、現金以外の決済手段を導入するなど、キャッシュレス化を推進し、区民の皆様の利便性向上や、来庁機会と接触機会を減らし、感染防止に取り組んでいます。

台東区と東京藝術大学との連携について

区長 台東区と東京藝術大学は、これまでさまざまな連携を行ってきました。区の文化・観光や子供達への教育活動にもご協力をいただいています。
 連携事業の中で、歴史が長いものとしては、「台東第九公演」があります。
40年前(昭和56年)から開催し、澤学長にも、2回指揮を執っていただきました。東京藝術大学奏楽堂で行われるこのイベントを、例年多くの区民の皆様が楽しみにしています。残念ながら、昨年は新型コロナウイルス感染症の影響で中止となりましたが、今年は、新しい日常に対応した、台東第九公演をお見せできるよう、進めていきたいと思います。
 また、「台東区長賞」の授与も、40年前(昭和56年)から行っています。若手芸術家の育成支援のため、東京藝術大学の美術専攻者の中から、優秀な卒業作品に区長賞を授与してきました。13年前(平成20年)からは、彫刻や工芸・デザイン分野で学ぶ学生の育成・支援のため、「台東区長奨励賞」の授与も行っています。
 さらに、3年前(平成30年3月)に、旧東京音楽学校奏楽堂のリニューアルを契機として、音楽の分野にも「台東区長賞」を新たに創設しました。昨年も、音楽分野の実技専攻者の中から、優秀な卒業・修了予定者2名の方に授与させていただきました。
司会 新しく音楽の分野でも創設されたということで、この賞を受賞した皆さんが大きく羽ばたいていくのが楽しみですね。澤学長はいかがでしょうか。
学長 今日の対談の舞台の旧東京音楽学校奏楽堂は私が現役の学生の頃は、藝大のキャンパス内にありましたが、老朽化が進み、愛知県への移設がほぼ決まっていました。そこに旧奏楽堂を愛する人たちが声を上げ、なんとか大学内に残せないかという運動が起こりました。ただ、狭いキャンパス内に、古いものを残した上で、新しい施設を建てることが難しく、大変苦労した時期がありました。そこに、台東区が手を差し伸べてくださいまして、現在の上野公園内の藝大のキャンパスに最も近い場所に移築することができました。それが昭和56年から始まる、台東区長賞や台東第九公演に繋がっていると思います。3年前からは旧東京音楽学校奏楽堂のリニューアルをきっかけに、音楽部門の台東区長賞も設けていただきまして、学生や卒業生の大きな励みになっています。また、国立大学法人として、教育・研究以外に社会との連携も非常に重要なミッションとなっていまして、それの先駆けとなったのが、台東区との連携でありました。今後もますます台東区との連携は強まっていくと思います。これからも、台東区と力を合わせて、区民の方々と共に生き、そして発展する大学でありたいと思っています。

台東第九公演
 東京藝術大学、台東区民合唱団、台東区で構成する「台東第九公演実行委員会」により、区民の皆さんの芸術活動に参加する機会や、芸術に触れる場の提供を目的として実施している事業です。毎年、台東区民合唱団を中心として、区内外の方々から参加者を募集し、構成しています。

旧東京音楽学校奏楽堂〜パイプオルガン100周年〜

●旧東京音楽学校奏楽堂について
 奏楽堂は、現在の東京藝術大学音楽学部の前身、東京音楽学校の校舎として、明治23年に建設されました。老朽化のため都外へ移設する話が持ち上がりましたが、昭和58年に台東区が東京藝術大学より譲り受けることになりました。そして、昭和62年、現在の地に移築・復原されました。その翌年、国の重要文化財に指定されています。

区長 旧東京音楽学校奏楽堂は、芥川也寸志さん、黛敏郎さんをはじめとする多くの方々による熱心な保存運動と、関係者の皆様の並々ならぬご尽力のおかげで、上野恩賜公園に移築復原されたのは、昭和62年3月のことでした。
 当時の内山榮一台東区長は、「ほんの200~300メートルの距離だが、ここに到達するまで、長い道のりだった。」と感慨を込めて語っていました。
 文化行政のさきがけとして、全国的に注目され、台東区の貴重な文化遺産として、多くの皆様に親しまれています。
 その後、旧奏楽堂の文化財的価値を保存し、後世へ継承するため、調査と耐震補強や、保存修理・活用等の工事を行い、平成30年11
月、5年半ぶりにリニューアルオープンしました。現在、建物の公開のほか、演奏会や音楽資料の展示など、「生きた文化財」として、旧奏楽堂を活用しています。
 昨年11月に、100年を迎えたパイプオルガンは、コンサート用としては国内最古で、震災、移築、修復を経て、今も現役です。奥行きのある、やわらかな音色をぜひ聞いていただきたいです。
司会 本当にたくさんの方に聞いていただきたいですね。続いて、澤学長にお伺いします。ここ、奏楽堂では、さまざまな作曲家が育まれたということですが、歴史や魅力などについて、教えてください。
学長 この奏楽堂は明治23年に建てられたと聞いています。その後、瀧廉太郎、山田耕筰、そして日本の唱歌を育んだ岡野貞一、成田為三、そういった素晴らしい方々も生まれていますし、さらに作曲家ばかりでなく、三浦環という世界的なソプラノ歌手も含め、日本を代表する作曲家・演奏家が育っています。私自身も、学生として先人たちが学び、たくさんの経験を積んだ奏楽堂で、学ばせていただき大変喜ばしいことだと思っています。私の卒業試験が最後の年で、奏楽堂はいったん閉鎖され、その後、何年か経って移築されてここにあるわけですが、そのおかげで、今の若い学生たちも、明治の頃からの大先輩たちの歩んできた道を偲びながら、現在の自分を磨くということは本当に素晴らしいことだと思います。

今年の抱負

学長 今年も当分の間は、新型コロナウイルスとの戦いになると思います。疫病の大流行の後は、文化・芸術が花開くという歴史もありますので、今は、耐え忍んで、しっかりと芸術家たちをサポートしていかなければなりませんし、芸術の力でコロナで打ちひしがれた皆様の心を少しでも癒せるように、頑張っていきたいと思います。
区長 今年は、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会が開催される年です。東京2020大会の新たな象徴となるよう、昨年7月、上野恩賜公園内の台東区立下町風俗資料館脇に、「生誕」像を設置しました。この「生誕」像は、東京藝術大学出身、
台東区名誉区民朝倉文夫先生の作品です。1964年(昭和39年)の東京大会を記念し、上野恩賜公園袴腰前に設置され、上野の街に潤いを与え、区民の皆様に愛されてきました。その後、上野中央通り地下駐車場の整備に伴い、撤去、保管されていましたが、東京2020大会を機に、下町風俗資料館脇の不忍池を臨む場所に甦りました。昭和と令和の東京大会の象徴として、輝かしい未来に向けて継承していきたいと思います。
 区では、東京2020大会を子供たちの豊かな成長の好機と捉え、自他を尊重し合い、将来に夢を抱き、地域や社会に貢献できる人材を育成するため、オリンピック・パラリンピック教育を推進してきました。オリンピック・パラリンピックは、スポーツの祭典だけではなく、文化の祭典でもあり、本区に集積する文化、芸術の魅力を国内外に発信する絶好の機会です。東京藝術大学をはじめ、地域の方々や障害者の皆様と一体となった文化施策も展開していきたいと思います。
 最後に、東京2020大会の開催を区民の皆様も大変楽しみにしています。今後も、新型コロナウイルス感染症への対策を着実に進めていき、区民の皆様や区を訪れる方が、安全で安心して過ごせるまちづくりを進めていきます。

当日の様子はYouTube 台東区公式チャンネルでもご覧になれます

 対談のほか、澤学長(ヴァイオリン)と邦楽科上條妙子准教授(箏)による「春の海」の演奏がご覧になれます。
 下記アドレスよりご覧ください。
 
https://www.youtube.com/channel/UCS_34pUFTkGYvOzUIrGWX7A