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正岡子規句碑を正岡子規記念球場に設置しました

更新:2010年10月22日

 上野恩賜公園は今年、上野恩賜公園開園式典130周年を迎えました。130周年記念事業の一環として、台東区では、正岡子規の句碑を、東京都による上野恩賜公園野球場の改修にあわせて、設置しました。句碑には、正岡子規の野球に対する思いを表した句
春風やまりを投げたき草の原
が刻まれています。また、同野球場の愛称が、東京都の協力により「正岡子規記念球場」となりました。

正岡子規記念球場看板の写真

 正岡子規(1867年から1902年)は俳人、歌人、随筆家であり、現在の愛媛県松山市に生まれました。名は常規(つねのり)。子規は、明治時代のはじめに日本に紹介されて間もない野球(ベースボール)を愛好し、明治19年頃から同23年頃にかけて上野公園内で野球を楽しんでいました。子規の随筆『筆まかせ』には、明治23年3月21日午後に上野公園博物館横空地で試合を行なったことが記されています。幼名の升(のぼる)にちなみ「野球(の・ぼーる)」という号を持ち、野球を俳句や短歌、また随筆、小説に描いています。また、ベースボールを「弄球」と訳したほか「打者」「走者」「直球」などの訳語は現在も使われています。それらの功績から平成14年に野球殿堂入りをしました。
 子規が明治27年から同35年に亡くなるまで住んでいた住居は、戦後再建され「子規庵」(台東区根岸2丁目5番11号)の名で公開されています。
 平成18年7月21日(金曜)午前10時から、正岡子規句碑除幕式及び正岡子規記念球場披露式が、正岡家の子孫にあたる正岡浩氏や区内の俳句や野球の関係者をはじめ約200名の皆さんが見守るなか行なわれました。

あいさつをする吉住区長の写真

 句碑除幕式の後、野球場において始球式が行なわれました。投手は正岡浩氏、打者は数多くのプロ野球選手を育てられた駒澤大学野球部前監督太田誠氏、捕手は元日本ハムファイターズの大宮龍男氏です。子規の時代の復元ユニフォーム、帽子を着用し、また復元されたボール、バット、グローブ、キャッチャーマスク、ミットを用いました。
 その後、記念イベントとして開催された子ども野球教室では、区内の少年野球6チームの中学生約70名が太田前監督と大宮氏による野球指導を受けました(雨天のため区立忍岡中学校の体育館で開催)。

野球教室参加者等集合写真
写真左から関内啓一さん、太田誠さん、正岡浩さん、大宮龍男さん

また、午後には正岡子規記念講演を、台東区役所10階の会議室において開催しました。
 講演内容は、次のとおりです。「子規と中村草田男」奈良文夫氏、「子規について」倉橋羊村氏、「子規庵をめぐって」香取忠彦氏、「忠三郎と私と野球」正岡浩氏、「正岡子規と秋山兄弟」相原左義長氏。

お問い合わせ

生涯学習課文化財担当(生涯学習センター)
電話:03-5246-5828

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お問い合わせ

台東区役所

〒110-8615 東京都台東区東上野4丁目5番6号 電話:03-5246-1111(代表)
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