令和4年

新春対談

 今回の新春対談は、恩賜上野動物園長の福田豊氏をお招きして、上野精養軒で行いました。

福田豊 (恩賜上野動物園長)

 1959(昭和34)年、東京生まれ。1984(昭和59)年、東京都の職員となり、葛西臨海水族園長、多摩動物公園長を経て、2017(平成29)年4 月より現職。獣医師、博士(学術)、日本動物園水族館協会会長、日本博物館協会理事、国立科学博物館評議員等

昨年を振り返って

区長 あけましておめでとうございます。

園長 あけましておめでとうございます

司会 まずは、お2人に昨年1年を振り返っていただきたいと思います。昨年はどのような1年でしたでしょうか。

区長 昨年は、新型コロナウイルス感染症の変異株の影響もあり、感染拡大の波が繰り返され、区民生活や区内経済に大きな影響を及ぼしました。
 区では、感染症対策の切り札として、ワクチン接種の推進に全庁を挙げて取り組みました。下谷・浅草両医師会をはじめ、医療関係者の全面的なご協力と、区民や事業者のご理解をいただき、円滑なワクチン接種を行うことができました。
 ここ上野精養軒も接種会場としてご協力をいただきました。心より感謝申し上げます。
 また、昨年は東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会が開催されました。コロナ禍でさまざまな困難の中、全身全霊で競技に向き合う選手の姿に、感動するとともに、私たちにも「希望と勇気」を与えてくれました。開催にご尽力された大会関係者やボランティアの皆さんに心から敬意と感謝を申し上げます。
 そして、昨年6月、上野動物園で、台東区生まれのジャイアントパンダの双子の赤ちゃんが誕生しました。
 皆さんが心待ちにしていたことであり、日本中が喜びに包まれました。
この嬉しい知らせを受け、地元台東区として、区役所本庁舎でお祝いの懸垂幕をお披露目し、区民の皆さんとともにお祝いしました。

園長 昨年は、やはり新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって、上野動物園は開園以来最も長い臨時休園を余儀なくされました。期間にして160日間でしたが、その間もやはり動物のことを楽しみにしていらっしゃる方がたくさんいらっしゃいましたので、動物たちの情報をオンライン等で、積極的に発信をして参りました。たくさんの方に楽しんでいただけたのではないかと思います。
 動物の方ですが、アジアゾウやコビトカバ等いくつかの動物は残念ながら、死んで、動物園からいなくなってしまいました。しかし一方では、マヌルネコやクロキツネザル、ライチョウ等新しい命も数多く、誕生しました。
 そうした中で、特にジャイアントパンダについては、「シャオシャオ」と「レイレイ」の新しい双子の命が誕生し、皆さんに明るい話題を提供することができたので非常にうれしかったですね。

区長 「シャオシャオ」と「レイレイ」は、「夜明けから未来へつながる」という意味があり、日本中の皆さんに「元気と希望」を与える願いのこもった名前ですね。
 1月に予定されている一般公開も本当に楽しみです。これからも地元台東区としても、温かく見守っていきたいと思います。
 上野動物園では、初めてジャイアントパンダの双子の赤ちゃんが誕生し、経験のない双子の飼育に大変ご苦労されていると思いますが、福田園長いかがですか。

園長 「シャオシャオ」と「レイレイ」の双子の赤ちゃんパンダの誕生は、我々も初めての経験でしたので、大変な思いをしました。
 飼育係が24時間つきっきりで面倒を見るのですが、ジャイアントパンダは双子を出産しても多くの場合、1頭しか世話をしないのです。そこで、飼育係が2頭の健康状態を見ながら1頭を母親のシンシンに任せて、もう1頭を飼育係が扱うという風に同時並行で世話をした後、タイミングを見て入れ替えるという作業を繰り返し行いました。
 また、新型コロナウイルスの影響で中国から専門家が来日してアドバイスをいただくことも難しいので、オンラインで現地と情報交換しながら進めました。
 国内では、和歌山県の「アドベンチャーワールド」でジャイアントパンダを飼育しており、そこでも双子が誕生しています。双子の誕生があった場合の対応について「アドベンチャーワールド」のスタッフの方々からさまざまなアドバイスをいただきました。
 おかげさまで順調に成長しまして、昨年の10月の末には、母親の「シンシン」と「レイレイ」「シャオシャオ」の親子三頭が同居する状態になりました。我々としては、一安心しているところです。
 ジャイアントパンダは繁殖期に発情の「適期」が非常に短いことや、オスとメスの相性がうまくいかないと自然交配の場合は、なかなか交尾に至らない等の特徴があります。
 また、偽妊娠や着床遅延など特徴的な繁殖戦略を持っている動物です。したがって、動物園での繁殖というのは非常に難しいことでした。
 野生のジャイアントパンダは約1,900頭ぐらいだと言われていて、飼育下でも、600頭ぐらいまで増えてきています。ですが、依然として絶滅が危惧される動物種であることには変わりません。
 動物の種の保存・命を未来につないでいくという取り組みが非常に重要であり、ジャイアントパンダが数多く生息する豊かな地球環境を、今後もしっかり守っていきたいです。

恩賜上野動物園140周年について

司会 次続いては、「恩賜上野動物園140周年」についてお聞きしていきたいと思います。
 今年は恩賜上野動物園が開園してから140年という記念の年です。服部区長はこの長い歴史を持つ上野動物園についてどのようにお考えですか。

区長 1882(明治15)年、恩賜上野動物園は、上野公園に博物館の付属施設として開園した、日本最古の動物園です。
 1924(大正13)年、昭和天皇のご成婚を記念して、上野公園とともに東京市へ下賜され、1947(昭和22)年、名称が「東京都恩賜上野動物園」となりました。
 戦後の1949(昭和24)年、台東区子供議会での、「ゾウを東京の子供たちにみせてください」という願いなどを上野動物園が叶えていただき、インドのネール首相から「平和の使者」として「インディラ」が贈られてきました。
 長い歴史の中で、関東大震災や戦争など、多くの困難な時期もあったと思いますが、歴代の園長や職員、飼育員の皆さんの大変なご苦労とご努力に改めて敬意と感謝を申し上げます。
 現在もパンダをはじめ、北極グマとアザラシの迫力ある展示や、一昨年10月に誕生したアジアゾウ「ウタイ」の子「アルン」(タイ語で「夜明け」という意味)がいる「ゾウのすむ森」など、家族で楽しめる憩いの人気スポットとして親しまれています。
 今後も、世界の上野動物園として発展されますようお祈りします。

司会 ありがとうございます。それでは続きまして、福田園長にお聞きします。これまでの歴史を振り返っていただき、特徴的な出来事をお伺いします。

園長 1882(明治15)年に、日本で初めての動物園として開園した当初は、東園の一部の地域だけでした。ですが戦後、西園に園域を拡大して今の広さになりました。
 1989(平成元)年には、上野動物園開園100年を記念して、不忍池のところにあった水族館を、江戸川区の葛西臨海部に移動して、葛西臨海水族園として開園しました。上野動物園が、水族館を持っていたというのは、もう40年前の話になっています。
 その後、両性爬虫類館(ビバリウム)やアイアイ等のマダガスカルの生き物を展示する「アイアイのすむ森」という施設がオープンしています。園内の施設は、その時代時代の背景なのです。
 最近では、動物福祉の考え方を考慮して、順次更新をしています。最新施設としては、2020(令和2)年9月に、西園に「パンダのもり」がオープンしました。この施設は、パンダのふるさとでもある中国四川省の自然を再現していて、ジャイアントパンダが間近で、中国の生息地にいるかのような体験をすることができる施設です。
 「パンダのもり」というのは、「フォレスト=森」という意味と、「守る」という意味、両方込めて「パンダのもり」とあえてひらがなで命名しました。

ジャイアントパンダの来園50周年について

司会 今年はさらに、ジャイアントパンダが来園してから、50周年を迎えます。日本と中国の国交回復の象徴として1972(昭和47)年にオスの「カンカン」とメスの「ランラン」が来園しました。  
 服部区長、台東区にとって恩賜上野動物園のパンダとはどのような存在なのでしょうか。また服部区長が印象に残っているパンダのお話を教えてください。

区長 恩賜上野動物園のパンダは、1972(昭和47)年、今から50年前、日中国交回復の調印を記念して「カンカン」、「ランラン」のペアが日本で初めて来園しました。その時は、上野はもちろん全国の皆さんが「熱烈歓迎」したことを覚えています。
 その後、2008(平成20)年にみんなを楽しませてくれた「リンリン」が亡くなり、上野にパンダが不在となりました。
 この間、上野観光連盟はじめ、子供たちからの寄せ書きなど、地元の皆さんが「パンダを上野に」という熱い思いで奔走し、パンダの保護サポート基金設立の働きかけや、東京都と関係者の皆さんのご尽力により、2011(平成23)年の「リーリー」と「シンシン」の来園が叶えられました。
 以来、子供たちや、ファンだけでなく、上野周辺の商店街や町会がパンダフィーバーに沸き、地域の活性化や経済の活力を生み出すなど、本区へ大きな効果をもたらしてくれました。そして「シャンシャン」の誕生は、区民の皆さんが心待ちにしていたことであり、日本中が喜びに包まれました。
 今年は、ジャイアントパンダ来園50周年ということで、地元台東区として、上野動物園と一緒に、何かお祝いしたいですね。福田園長いかがですか。

園長 ぜひ、記念のイベント等ができたら楽しいと思いますね。
 ジャイアントパンダが来園50周年になりますが、1972(昭和47)年の10月28日に上野動物園に初めて来たのが、「カンカン」と「ランラン」です。当時、ジャイアントパンダを知る職員というのが、園の中でも少なく、竹の調達や病気の時の世話をどうしたらいいか等が分からなかったようで、いろいろ大変な苦労をして飼育していたようです。
 その後に、「ホァンホァン」と「フェイフェイ」が来園します。
 この頃、ジャイアントパンダの人工授精が技術開発されました。上野動物園でも、これを取り入れ、最初に「チュチュ」が誕生します。しかし、残念ながら「チュチュ」は、わずかな時間で死んでしまいます。
 その後に「トントン」と「ユウユウ」が生まれます。この2頭は、順調に育ちまして、パンダフィーバーが再び巻き起こりました。
 オスの「リンリン」とメキシコのチャプルテペック動物園からメスの「シュアンシュアン」が来園します。この2頭は繁殖を試みるのですが、残念ながらこの2頭の間には、出産はありませんでした。
 その後「シュアンシュアン」は、メキシコへ帰国します。残された「リンリン」は、2008(平成20)年の4月に22歳で一生を終えます。すると、パンダの「不在期間」ができますが、台東区の皆さんのご支援をいただいて、2011(平成23)年の2月21日に「リーリー」と「シンシン」が来園します。この頃、東日本大震災が発生して、動物園は一時的に休園しました。4月から開園と同時に「リーリー」と「シンシン」は公開になり、皆さんに元気をお届けできたのではないかと思います。この2頭は非常に相性が良く、その翌年に自然交配で最初の子供が2012(平成24)年に生まれます。しかし、残念ながら約1週間で、死んでしまいます。
 それからしばらく時間が空いて、2017(平成29)年6月12日に「シャンシャン」が、昨年の6月23日に上野動物園で初めて双子のジャイアントパンダ「シャオシャオ」と「レイレイ」が誕生しました。
 ジャイアントパンダは非常に小さく生まれるものですから、うまく育つのかどうか非常に心配をしたんですが、中国の専門家のアドバイスをいただきながら職員も24時間体制で頑張り、また多くの皆さんにご支援・応援をいただいて、無事に成長して今日まで元気に過ごすことができています。

今後の区政と恩賜上野動物園

司会 恩賜上野動物園の今後について、福田園長にお伺いします。恩賜上野動物園では、希少動物の種の保存として、飼育繁殖に取り組む「ズーストック計画」など、これまでもさまざまな取り組みを行っていますが、今後の取組みを教えてください。

園長 上野動物園では、「ズーストック計画」というものを策定しまして、2018(平成30)年に「第二次ズーストック計画」として見直しを行いました。見直しにあたりましては、対象とする種を50種から約120種に増やしました。野生生物の保全に貢献するために、環境教育や野生生物が生息する自然環境のことを知っていただく普及啓発の機能を強化するという計画を作りました。
 また、令和3年度から、10か年計画で「第二次都立動物園マスタープラン」を策定いたしました。
 地球環境や生物多様性が保全された、持続可能な社会を実現するため、動物園・水族館が持つ4つの機能(レクリエーション・保全・教育・研究)を強化しまして、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に寄与していきたいというふうに考えております。

区長 新型コロナウイルス感染症によって、区民の生活および事業者の活動への影響や、テレワーク・時差出勤の導入による働き方改革、デジタル社会の形成に向けた取り組みなど、社会経済状況が変化しています。
 今後もその変化を的確に捉え、ポストコロナに向けた効果的・効率的に施策を展開していく必要があります。
 そのため、令和5年度から令和10年度の長期総合計画の一部を修正し、基本構想に掲げる将来像「世界に輝く ひと まち たいとう」の実現に向け、取り組んでいきます。

今年の抱負

園長 まずはやはりコロナ禍が早く収束して、収束した上にはたくさんの方々に動物園にご来園いただきたいというのが、最大の目標です。
 その上で、「動物の福祉」すなわち動物が生き生きと健康に暮らす姿を、魅力的な展示を通して実現していきたいと思います。それからお客様には、動物園内で過ごすにあたり、安心して楽しく時間を過ごしていただきたいと思いますので、そのための環境づくりを進めていきたいと思います。
 そして職員も、健康で生き生きと仕事ができるような職場づくりを合わせて進めていきたいです。

区長 2022(令和4)年は、新型コロナウイルス感染症の感染状況や景気動向を注視しつつ、「感染拡大防止」と「社会経済活動の活性化」の調和を図りながら、臨機応変に必要な対策を講じてまいります。
 区民の生命とくらしを守り抜き、「ひと」と「まち」が輝く明るい未来を築き上げるために、全力で区政運営を行っていきたいと思っています。

恩賜上野動物園長 福田豊  台東区長 服部征夫