平成30年 新春対談

 今回の新春対談は、日本画壇の巨匠・横山大観の孫で、(公財)横山大観記念館の館長である横山隆氏をお招きして、横山大観先生のお人柄や、横山大観記念館のこれからなど、貴重なお話を伺いました。

横山 隆(よこやまたかし)氏
公益財団法人横山大観記念館の代表理事および館長を務めるかたわら、横山大観に関する研究や講演会講師などとしても精力的に活動している。

1年を振り返って

区長
あけましておめでとうございます。

館長
あけましておめでとうございます。

区長
昨年は、台東区が発足して70周年を迎えました。台東区は、先人の英知とたゆまぬ努力によって築き上げられてきた「歴史と文化のまち」また、「本物に会えるまち」です。私は、昭和50年から区議会議員・都議会議員など、約40年にわたって区政に関わってきたこともあり、70周年という記念すべき節目の年を、区長として迎えられたことは、とても感慨深いものがあります。これもひとえに、皆さまのご支援、ご協力の賜物と感謝しています。
 そして、昨年は何より、日本画壇の巨匠であり、台東区の名誉区民第1号である横山大観先生の旧宅及び庭園が、国の史跡及び名勝に指定されました。区長に就任するずっと以前から、展示作品をはじめ、大観先生自ら設計された画室・鉦鼓洞( しょうこどう)・庭園など、その全てがとても素晴らしいものと感じていました。国の史跡及び名勝として指定されたことに、とても感動しています。

館長
指定の答申を聞いた瞬間は、大変嬉しかったですね。まさか、史跡と名勝に指定されるとは思いませんでした。答申を聞いてすぐに、墓に報告に参りました。嬉しいと同時に非常に責任を感じています。皆さまのお力をいただいて、記念館を守っていきたいと思います。区長さんをはじめ、区の文化財担当・都の埋蔵文化財担当の方々に、大変お世話になり、今回の指定が実現しました。心から感謝しています。本当にありがとうございました。

横山大観記念館、大観作品の魅力
区長
大観先生は、「絵はどこまでも心で描かねばならぬ」と言われたように、どの作品も本当に奥の深い、惹き込まれるものばかりでとても見応えがあります。特に風景画は、自然の生命力や躍動感、またその迫力に心を奪われます。大観先生の指示によって作られた庭園も素晴らしいです。多彩な植栽が施され、四季折々の風情を楽しむことができます。客間の鉦鼓洞( しょうこどう) から眺めると、都心にありながらも都会の喧騒を忘れて、心静かなひと時を感じさせてくれます。横山大観記念館の最大の魅力は、大観先生の魂のこもった画室があって、実際にそこで創作活動を行った、当時を彷彿とさせる貴重な空間だと思います。大観先生は空襲で焼失した旧邸を、昭和29年、ほぼ焼失前の状態で再建されました。このことでも、大観先生の旧宅・庭園に対する強い思いをお察しできます。大観先生は照明器具などもデザインされたとお聞きしましたが、旧宅・庭園に込めた思い、魅力についてお聞かせください。

館長
大正8年に池之端に家を建て、残念ながら、昭和20年3月10日の大空襲で全焼してしまいます。そして、昭和29年、86歳の時に忘れがたかったこの地に、焼ける前とほとんど変わらない家を建て、8月に疎開先であった熱海の伊豆山から戻って参りました。庭も大観好みの、四季折々で変化のあるものを作りました。特に桜が好きで、大島桜を植えました。4月になると、1番庭が賑やかになります。ぜひ皆さまに記念館にいらっしゃって、心の安らぎを感じていただければ、嬉しい限りです。

区長
大観先生自身、空襲で避難することを嫌がっていた、とお聞きしましたが、母校である東京美術学校(現 東京藝術大学)や、日本美術院の創設に携わっていたことなどもあり、この地に強い思い入れがあったということでしょうか。

館長
そうですね、明治32年に長女が産まれ、その名を岡倉天心記念公園のある地と同じ「初音(はつね)」とつけています。また、東京美術学校や日本美術院もあり、やはりこの地を愛していました。

区長
大観先生は、この地に相当な思い入れがあったんですね。私も、当時初音町と呼ばれていた谷中に住んでいます。日本美術院発祥の地であり、大観先生をはじめとした、数多くの芸術家にゆかりのあるこの地に住んでいることを誇りに思っています。日本美術院跡は、現在、区立岡倉天心記念公園として、親しまれています。公園内にある六角堂の中には、平櫛田中先生が制作した天心先生の坐像が安置されています。谷中を散策する際は、ぜひお立ち寄りいただきたい名所の一つです。

横山大観の日ごろの生活ぶり、お人柄
館長
大観は巷では、大酒飲みで、飲みながら描くと言われていますが、若い頃は酒も煙草も嗜(たしな)まなかったようです。恩師である岡倉天心に「酒も煙草もやらんで何で絵が描けるんだ」と言われ、お酒は練習して飲めるようになっています。茶の間の火鉢の横に一升瓶を置いているため、それを見た方からは一日中飲んでいると思われるのですが、必ず制作が終わった後に飲みます。自分でお燗をして、大体1本か2本飲み、9時には寝ます。朝は5時から起きて風呂に入り、祖母が1番後から起きてきます。よく大観が申していたのは「おばあちゃんは一日中働いていて、疲れているからゆっくり寝かしておく」と。非常に愛妻家でした。風呂に入り、頭をすっきりさせてから画室に入りますが、すぐには筆を持たず、座って、1か所を向いてじっと考えています。8時頃になると朝食をとり、新聞や手紙を読んで、10時に画室に戻り制作を始めます。お昼になると昼食をとりますが、制作に夢中になると、昼を抜いてしまうこともあります。そして、夕方4時か5時頃、薄暗くなると筆を置きます。自然光でないと正確な色が出せないといって、決して夜は描きません。ですから私たちが祖父と話す時間は食事をする時ぐらいしかありませんでした。土曜日・日曜日も画室に入って一日中描いています。
 大観はお世辞を言う人が嫌いで、ヨイショされると「あなたと話しても時間の無駄です、お引き取り願いたい」と。そうすると、祖母が玄関で「誠に申し訳ありません」と謝っていました。ただ、孫ぐらい歳の離れている人でも、はっきり意見を言う人と話すことは好きでした。

区長
お孫さんとしては、いかがでしたか。

館長
大観は非常に気の付く人で、例えば、子供の頃、私が絵本を読んでいると、「絵本が好きなのか」と聞かれ、「好きだ」と答えると、数日後に、その絵本を全巻買って届けてくれました。他には、「自転車は乗れるのか」と聞かれ、「乗れます」と答えると、「持っているのか」と聞かれます。「持っていない」と答えると、「何故乗れるんだ」と言われ、「友達から借りている」と言うと、「そんなものは借りちゃいかん」と。それで数日すると自転車を届けてきます。ねだると買ってくれないんです。そのような人でした。
 また、日本美術院の展覧会が9月1日ですので、4月から制作を始めて、展覧会の1か月前には作品を仕上げます。作品を仕上げると、茨城県の五浦へ行きます。ここは天心先生と都落ちした場所ですが、こちらにも家があり、必ず私たちを連れて行ってくれました。8月が一緒に遊べる時期で、花火をしたり、海で泳いだりしました。普段は制作に没頭していて、あまり話す機会もありませんでした。

区長
館長でしか分からない、大観先生のお人柄を伺いましたが、昨年9月に館長がパネリストをされたシンポジウム「横山大観を語る」は大勢の方々にお
越しいただき、とても好評でしたね。大観先生は「気迫あっての人格であり、人格が磨かれての芸術である」と説かれていますが、秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)の気迫といいますか、自分には厳しい、しかし春風接人(しゅんぷうせつじん)、人には春風のように優しく接するというお人柄で。大観先生のお人柄や、作品に対する解説など、普段聞くことのできない貴重なお話に感動し、時には笑いが起こる部分もありました。大観先生の、何事も義理堅く、人情深い、そしてお孫さんにこっそり贈り物をする、そういった温かいお人柄に親近感や好感を憶えました。そのお人柄ゆえ、お礼として絵を寄贈したことがあるとお聞きしていますが。

館長
戦後、東京駅に絵を2幅寄贈したことがあります。伊豆山に疎開しており、東京と行き来をしていて、ある日電車が動かない状態になり、東京駅頭で待っている時に駅員さんが気付かれて、駅長室へ招じ入れてくれました。その時にお部屋が殺風景だったようで、大観は「迷惑をおかけした。東京駅の駅長さんのお部屋にしては殺風景なので、私が絵を描かせていただきます」と、大きな富士山の絵を描いた「富士に雲」という絵を寄贈しました。東京駅長さんは本当に描いてくれるとは思わなかったようで、すぐに国鉄・運輸省に報告して、食事に招待していただきました。その時の運輸次官が佐藤栄作さんで、「この作品は駅長室ではもったいないので、貴賓室ができたらそちらに飾ります」とおっしゃったら、大観は「この絵は駅長室に飾るために描いたものだから、貴賓室ができたらもう1幅描かせてもらいます」と申したそうです。その後、東京駅に貴賓室ができた際、「富士に桜」という絵を描いてお届けしました。運輸次官も無償で2幅も申し訳ないと、画料・お酒3本・絵に使う金箔をお持ちになってお礼に来てくれたのですが、大観は受け取らず、このままでは本庁に帰るわけにはいきませんと言われ、画料以外のお酒3本と金箔を受け取りました。後日、新聞に「東京駅はお酒3本で大きな絵を2幅描いてもらって大儲け」と書かれました。また、東京大学がそばでして、学生さんが、「退官される教授は大観の絵が好きなので贈りたい」と。「描いておくので、1週間後にまたいらしてください」と引き受けました。しかし、学生さんはお金をあまり持っていないので、「先生これしかないのですが、いいですか」と相談をされ、大観は「心配ありません、お金はいいから先生にお渡しなさい」と。このように、自分の絵が好きな人には快く差し上げました。非常に寄贈画の多い画家で、意気に感じるとパッと描いて差し上げるという性格の人です。

学生時代に熱中したこと
館長
学生時代、台東区役所から大学教授のところに浅草の活性化について実態調査をしてほしいと依頼があり、私たちの研究室から10人ほどで、実態調査をしました。当時まだ浅草があまり活性化されていなくて、非常に怖いというイメージがあったようです。そこで、地元の喫茶店のご主人が場所を提供してくださって、そこを拠点に浅草寺周辺の人の流れなど、さまざまな調査をしました。その結果、街灯を付けて明るくしたり、仲見世にアーケードを付けて傘をささずに歩けるようにするなどの提案をレポートにまとめ、区役所に提出しました。今から60年ほど前ですが、非常に思い出に残っています。

横山大観記念館のこれから
館長
地域に密着した、皆さまに喜ばれる、心の安らぎを感じる美術館として、今後も進めていきたいと思います。また、今年は大観生誕150年になります。その記念展として国立近代美術館で4月13日から5月27日まで、京都国立近代美術館で6月8日から7月22日まで、「生誕150年横山大観展」を開催します。その時、国立近代美術館に所蔵されている40メートルの絵巻「生々流転( せいせいるてん)」が全巻ご覧になれると思います。全巻開けるのは国立近代美術館しかありません。また、今度の展覧会は各美術館のご協力をはじめ、個人の方にもご協力いただき、初めて公開される作品が数多くあります。非常に楽しみです。
 記念館としては、秋に150年展を開催する予定です。また、1月から3月に「梅香る展」を開催します。梅にちなんだ作品を展示しますので、ぜひ多くの方にご覧いただきたいと思います。

区長
今年は生誕150年ということで、4月の国立近代美術館での展示会や、横山大観記念館での「梅香る展」も非常に楽しみです。台東区としても横山大観記念館の価値・魅力を国内外の皆さんに広く知っていただけるよう、あらゆる機会をとらえて発信していきたいと思っています。また、その価値・日本人の心を後世にわたって継承していくため、保存活用計画の策定等においても引き続き支援してまいります。よろしくお願いいたします。

館長
こちらこそよろしくお願いいたします。

文化・芸術の発信
区長
一昨年は、国立西洋美術館が世界文化遺産に登録され、昨年2月「横山大観旧宅及び庭園」が国の史跡及び名勝に指定されました。また、6月には、上野動物園でジャイアントパンダ「シャンシャン( 香香)」が生まれました。こうしたことから、区の魅力は格段に向上しました。区では、昨年10月、「たいとう文化発信プログラム」を策定しました。世界に誇るべき区の文化・芸術を多くの方に知っていただくことで、区を訪れ、その文化・芸術に触れる機会を創出していきたいと思います。2年後に控える東京二〇二〇オリンピック・パラリンピック競技大会は、スポーツの祭典であるとともに、文化の祭典でもあり、本区の魅力を国内外に発信する絶好の機会です。これを契機として、上野や浅草・谷中など、多彩な文化資源が集積する「歴史と文化のまち」台東区の魅力を、力強く国内外に発信していきます。

今年の抱負
館長
地域に密着した、そして皆さまに喜ばれる、心の安らげる美術館として、小さいながらその特殊性を いかした美術館としてやっていきたいです。

区長
今年も、区民の皆さま、地域の方々とともに、70年で築き上げてきた強固な信頼の絆を礎にして、区政のさらなる成長・発展に向けて取り組んでいきたいと思います。今年は、基本構想の策定を予定しています。基本構想は、おおむね20年後の台東区の将来像を描き、それを実現するための、区政運営の最高指針となるものです。私は、本区の明るい未来を切り開き、区民が愛着と誇りを持てるまちを築き上げるために、全力を注いでまいりたいと思います。本日はありがとうございました。

館長
ありがとうございました。



横山大観記念館
所在地
池之端1-4-24
開館時間
午前10時〜午後4時(入館は午後330分まで)
休館日
月・火・水曜日(夏季・冬季長期休館あり)
1月は11日(木)から開館
入館料
一般 800円、中高生 650円、小学生 300

問合せ

(公財)横山大観記念館
TEL
38211017