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銅鐘(浅草寺)

ページID:260219172

更新日:2024年2月20日

浅草寺
平成21年登載

 本銅鐘は、太田近江大掾おおたおうみだいじょう藤原正次ふじわらのまさつぐが元禄5年(1692)に鋳造したもので、鐘楼にかけられて以降「浅草の時の鐘」として、浅草を代表する銅鐘として親しまれています。
 浅草寺は五代将軍徳川綱吉の命で、元禄4年8月15日からほぼ1年間をかけた大修営が行われました。修理の対象となった建物は、本堂、仁王門、五重塔、鐘楼、雷門、随身門(二天門)、などです。本鐘もその修理に伴って改鋳されました。
 本鐘を鋳造した鋳物師いもじの太田家は、江戸時代を通じて活躍し、代々、太田六右衛門と称しました。太田家は辻村(滋賀県栗東市)の鋳物師でしたが、寛永17年(1640)に江戸芝田町(港区)に移り住み(後に深川に移転)、以後江戸で活動しました。「釜屋六右衛門(釜六)」の名で知られ(『江戸買物独案内』)、享保2年(1717)には幕府の「御成先鍋釜御用」を命じられました。延宝6年(1678)銘の銅鐘(厚木市聞修寺)を初見として、幕末の文久2年(1862)銘鉄水盤(港区金比羅神社)まで、およそ200年間に80例以上の作例が知られています。


銅鐘(浅草寺)

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