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鰐口(寛永寺)

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更新日:2024年2月19日

寛永寺
平成18年登載

 鰐口は、寺社の軒先に吊るされた梵音具(楽器)で、形が鰐に似ていることから、その名があります。本鰐口は青銅製鋳造。両面式の鰐口で、大きさは、面径が52センチメートル、胴厚が25.3センチメートルあります。両面の外区は銘帯で、銘文が左右に振り分けて陰刻されています。目、口唇部ともに突出が強く、近世の鰐口の特徴をよく表しています。複弁八葉蓮華文の撞座は両面の中央に配され、耳には鉄製の環が残っています。
 本鰐口は、寛永16年(1639)江戸幕府の大老、酒井忠勝が東照社(後の東照宮)の薬師堂に奉納したものです。明治初年の神仏分離により、薬師堂が取り壊されたため、以後は寛永寺に管理が移されました。両面式の鰐口で、両面の外区には銘文が左右に振り分けて陰刻されています。作者は、江戸時代前期に活躍した鋳物師として著名な椎名兵庫吉綱です。
 椎名吉綱の作品は、元和3年(1617)から寛文元年(1661)までおよそ40年間にわたって確認できます。日光東照宮の造営に関わる等、幕府との関係も強く、江戸を代表する鋳物師でした。寛永寺清水堂の擬宝珠や五重塔の伏鉢、上野東照宮銅燈籠などが区内に残る作例として知られています。
 区内に残る近世の鰐口として古いものに属し、近世初期の鋳物師の活動や鋳造技術を知る上で貴重な遺品のひとつです。


鰐口

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