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石造福智六地蔵  附 六地蔵菩薩碑、弘法大師真影碑、大師堂

ページID:912190352

更新日:2026年4月1日

世尊寺
令和8年登載

 本碑は、世尊寺の境内に立つ大師堂の中に所在する、線刻の一石六地蔵です。六地蔵の手前、正面から向かって左側には六地蔵菩薩碑、右側には弘法大師真影碑が位置しています。世尊寺は、真言宗豊山派に属し、鉄砂山観音院と号する寺院で、応安5年(1372)に根岸に創建されました。 
 本碑は台石の銘文によると、文久3年(1863年)に、村田市兵衛を願主として造立されました。明治10年(1877)の『明細簿』には、「石彫付六地蔵尊」及び「大師堂」が、文久3年8月に村田市兵衛より寄附されたとあり、台石銘と一致します。大師堂自体は文久3年以前から存在していたものの、同年には大破し、村田市兵衛によって新たに再建されたものと考えられます。現在もおおむね文久3年以来の旧状を残しています。 
 村田市兵衛は、『明細簿』に檀中惣代として名前が挙がっており、世尊寺の有力な檀家であったことがわかります。台石の2段目、正面から見て右側面には、当寺15世である永義による銘文も刻まれています。さらに本碑裏面の銘文を撰述したのは、東叡山浄名律院(浄名院)の尭完で、また六地蔵の線刻の下絵を担ったのは、寛永寺の絵所として活躍した絵師の神田宗庭(9代要信)であり、当寺と寛永寺との関係がわかります。 
 本碑は、当寺15世の永義や東叡山浄名律院の尭完も造立に関与しており、周辺の碑や大師堂とともに、当寺の歴史や寛永寺とのかかわり、幕末における区内の歴史を知るうえで重要な資料です。さらに当時の庶民の信仰について知るうえで、また寛永寺の絵所である神田宗庭の幕末における活動について考えるうえでも貴重です。 


大師堂


石造福智六地蔵

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生涯学習課文化財担当(生涯学習センター)

電話:03-5246-5828

ファクス:03-5246-5814

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