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復興大公園 隅田公園

ページID:526777346

更新日:2023年9月13日

現在の隅田公園

 東京都内に3か所ある復興大公園のうちの一つです。隅田川に沿って南北に長く、両岸を挟んで台東区側と墨田区側に広がります。サクラの名所であり、浅草流鏑馬や隅田川花火大会等の行事が行われます。サクラの他にも、ウメやアジサイなどの四季折々の花を楽しむことができます。築山には三春滝桜の子孫木であるベニシダレが植えられています。避難所と一時集合場所に指定されており、非常用照明やマンホールトイレ、深井戸などの防災設備が整備されています。
 当時の面影は残されていませんが、台東リバーサイドスポーツセンターや遊具広場など、当時と同等の機能を有する施設があります。

所在地:台東区今戸1丁目1番、浅草7丁目1番、花川戸2丁目1番、花川戸1丁目1番
面 積:約107,155平方メートル
開 設:1931年
主な施設等:桜橋、台東リバーサイドスポーツセンター、台東区公園管理事務所、遊具広場、隅田公園案内所、隅田公園リバーサイドギャラリー、トイレ

開設当初の整備概要((公財)東京都公園協会所蔵「隅田公園案内」より)

 本公園は、帝都復興計画による3か所の大公園の内の一つで、その中で最も大きな公園であり、隅田川を挟んで両岸に位置する水の公園である。本所側は、南は源森川より、北は帝国大学のボートを入れておく倉庫に至る、長々と続く620間にわたる向島墨堤の復興であり、浅草側は吾妻橋西詰から今戸小学校までの延長720間の場所であって、そのうち約12,000坪は隅田川を埋め立てて構築したものである。本所側の言問橋以南の東側約10,000坪の土地は、明治天皇が度々行幸した旧徳川邸跡であって、明るい芝生林泉の日本風庭園となっている。庭内には、明治天皇の御製を刻した大きな記念碑が建っている。これより北へ言問橋の下を通ると、約1,230坪の児童の遊び場があって、砂場、滑り台、ブランコ、シーソー、雲梯、トラベリングリングス、腰掛ブランコ、その他の遊具が設けられ、休憩所や飲用水栓などもあり、その間には緑陰樹が美しく配植されている。枕橋から長命寺前に至る河岸沿いの近代化された新墨堤は、幅18間の並木の大通りで、四条の桜並木を植えて水際には枝垂れ柳を配置し、新しい都の春を飾っている。この道の北端に近く、元の牛島神社の境には、御神木の大銀杏だけが残されて、新社殿は言問橋南へ移されている。並木の大通りの端は、約2,000坪の広場庭園となっていて、その先には2面のテニスコートがある。有名な長命寺の桜餅と言問のだんごも、建物は近代化されたが、相変わらず同じ場所で営業している。浅草側は本所側と様子が違い、明るい水際の散策路と遊具が配置された場所である。河岸には柳の並木を配置し、吾妻橋から山谷堀までは芝生疎林式の明るい庭園であって、静かな散策のための場所となっており、山谷堀が隅田川へ合流する所には、広い舟溜りがある。今戸橋を北へ渡れば、長さ50m、幅25m、深さ1.2~5mの壮大な水泳場があって、飛込台(高さ12.5m、10m、7.5m、5m、2.5m)や更衣所等も完備して、本園の誇りとしている。このプールは、水泳に利用する期間以外は10数隻の小型ボートを浮かべ、一般の娯楽用として利用できるようにしている。この北には、面積3,128坪、走路直線100m、一周300mの陸上競技場があって、風情のある休憩所などの施設がある。この競技場は野球場として使用することもできる。浅草側の北端は約750坪の児童の遊び場となっており、ロッカバイスウィング、ジャングルジム、ベンチ、ブランコ、滑り台、砂場等の遊具がある。なお、園内の適所に飲用水栓(20か所)、トイレ(4か所)、ベンチ(270基)、照明灯(148基)等が配置され、来園者が便利に使えるようになっている。公園の管理事務所は、浅草側の水泳場と本所側の南東隅にある。植物は合わせて77種18,515本植えられている。 

当時の公園写真(台東区側の隅田公園)

資料提供:「復興公園写真(部分)」【東京都立図書館】

隅田公園(当時の鳥瞰図)
開設当初の鳥瞰図

隅田公園(当時の平面図)
開設当初の平面図

資料提供:(公財)東京都公園協会

お問い合わせ

公園課公園計画担当

電話:03-5236-1324

ファクス:03-5246-1319

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