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上野忍岡遺跡群-東京国立博物館管理棟 (仮称)地点-出土寛永寺関連資料

ページID:669430609

更新日:2026年4月1日

台東区教育委員会
令和8年登載

 本資料は、平成28年から29年にかけて調査を行い出土したもののうち、寛永寺関連のものを一括して登載したものです。
 調査地は、江戸時代初期の寛永2年(1625)に寛永寺が造営された場所で、本坊(現東京国立博物館)の西側に当たります。江戸時代の絵図によると、本坊前から本坊裏手の常憲院殿霊廟に通じる道や広場が描かれており、それを裏付けるように、道路状や大型の溝などの遺構が見つかっています。
 遺物では、江戸幕府御用窯として知られる「高原焼」や「瀬戸助焼」の碗や石台が見つかっています。いずれも出土例が少なく、希少なものとなります。「高原焼」は、浅草で焼かれたと考えられている焼き物で、江戸時代の文献にも載っていて、出土例が少ない希少な焼き物です。「瀬戸助焼」も同じく文献に載っており、最上級階級の需要のもとで作られ、江戸市内で作られたと考えられる重要な資料です。
 瓦も大坂式の上手のものや、寛永寺の建物の基礎に使われた、寛永寺造営前に作られたと思われる瓦などが見つかっています。
 いずれも、将軍家菩提寺としての寛永寺の特徴を表す貴重なものです。

お問い合わせ

生涯学習課文化財担当(生涯学習センター)

電話:03-5246-5828

ファクス:03-5246-5814

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